クラシックってモーツァルトとかベートーヴェンとか?
なんか昔の偉い人の上品なやつでしょ?
…そんなイメージを持っている人もまだまだ多いように思います。
ところがどっこい、クラシックは決して過去の音楽ではありません。
クラシックの世界も現在に至るまで多様な広がりを見せているのです。
いわゆる「現代音楽」と呼ばれる分野。
作曲家たちは他の芸術分野と同じく、今までにない革新的な音楽を、今日まで次々と創作してきました。
ただ中には革新的すぎてちょっとついていけない作品があるのも事実。
例えば以前紹介したケージの4分33秒もそう。
まさかの音を出さない音楽というね。
さあ今回はそんな現代音楽の中でも、ぶっとび過ぎててカオス度MAXな作品をグレード別に紹介していこうと思います。
皆、振り落とされんなよ!
ぶっとび度★☆☆☆
トロンボーンピエロ~「セクエンツァⅤ」
はい、いきなりパワーワードきましたね。
なんやそのわけわからんキャッチフレーズ…と思ったあなたへ、演奏中の画像を。
ピッタリでしょ。
こちら、イタリアの作曲家べリオ(1925-2003)が作曲した「セクエンツァ」というソロ楽器のためのシリーズの5番目。
人の声に近い響きを持つトロンボーンという楽器。
その音色と実際の人の声を時には対比させ、時にはトロンボーンを吹きながら声を出すこと(重音奏法)で重ね合わせ…。
こんなに人の声と楽器って似てるんですね。
また曲の前半は立って、後半は座って演奏するなど、奏者の動きへの指示も細かく、かなり演劇的な作品になっています。
ベリオが子供のころ、有名なピエロの
「グロック」が隣家に住んでいた。ベリオは、悪餓鬼仲間と一緒に
彼の庭に忍び込んでは、オレンジを失敬していたのだという。
だがある日、劇場でグロックの舞台を見る機会があった。
素晴らしい芸で少年ベリオの心を虜にしたグロックは、 突然ぱっと止まって、固唾を飲む聴衆に向かい、無邪気な顔で
「Why(なぜ)?」と言った「私は、笑いたいような、泣きたいような
気持ちになって、もうそれから二度とオレンジを盗るのはやめた」
とベリオは回想している。人の声のようなイントネーションを持つ、 トロンボーンを使ったこの曲は、そんなグロックの思い出に捧げられている。
演奏動画はこちら。最初1分半だけでもめっちゃおもしろいです。
Christian Lindberg - Luciano Berio Sequenza V
1分あたりからむちゃくちゃな演奏をしたと思ったら、突然「Why?」と問いかけるところなんて、初めて見た時鳥肌が立ちました。
それまで楽器や声でひたすら「フワッ」とか意味不明なこと言ってたのがこの言葉につながるとは…。
3つのオーケストラ、夢の競演!~「グルッペン」
皆さんは考えたことがありませんか?
同時にたくさんのオーケストラが演奏したらどうなるんだろう?
(ふつう考えない)
そんなぼくのりそうのおーけすとらを実現しちゃった曲があります。
一部界隈ではベートーヴェンより崇められている現代音楽の神様、シュトックハウゼン(1928-2007)が若干29歳で作曲した意欲作「グルッペン」。
なんとこの作品では、3人の指揮者による3つのオーケストラが同じ会場で、同時に演奏します。
それぞれ30名ほどの3つのオーケストラに囲まれる位置に聴衆は座り、色んな方向から聴こえる音を立体的に楽しむ作品。
相当演奏難易度の高い曲ですが、中でも大変なのが3人の指揮者。
何とスコアにまで「仲いい3人でやること。事前にしっかり打ち合わせすること」という旨の注意書きがあるほど。
難しすぎてケンカになるんでしょうね。
以下は以前、京都市交響楽団で演奏された際の指揮者打ち合わせの様子。
いよいよ今週金曜に迫った京響創立60周年記念特別演奏会 シュトックハウゼン作曲 3「グルッペン」、京響の3人の常任指揮者による熱の入ったリハーサルの模様、を少し覗き見です。https://t.co/9EdcOcIWK6 pic.twitter.com/nHUsxnv551
— AMATI(アマティ) (@AMATI_Inc) 2016年12月20日
ただこんなコンセプトだから実演で聴かないと真価を楽しめないが、予算かかりすぎてなかなか実演が出来ないというジレンマ。
リンクはこちらから。
Karlheinz Stockhausen, Gruppen - Ensemble intercontemporain - YouTube
ぶっとび度★★☆☆
フフフ、セクエンツァとグルッペンは四天王の中でも最弱…。
なんせ、まだ普通に楽器を演奏してましたから。
これ、ピアノですよね…?~「ギロ」
お次に紹介するのはラッヘンマン(1935-)作曲の「ギロ~ピアノのための」。
そう、ギロって小学校とかでも見かけるあれです。
もうすでに嫌な予感がしますね。
こちらが演奏動画。
もはや一音も鍵盤を弾いていません。
ピアノのあちこちをギロのようにこするだけ。
これはピアノを弾いたと言えるんでしょうか?
そこがラッヘンマンのねらい目。
今まで演奏されてきた楽器の伝統的な使い方を、全く異なった視点から見てみる。
「伝統の異化」を旗印に、現代音楽の分野で一大ブームを引き起こしました。
こちらが楽譜の一部。
この地図記号みたいなのは、白鍵や黒鍵などピアノのこする場所を指しています。
ちなみに彼の代表作に、全ての楽器、歌を「異化的」に扱ったオペラ「マッチ売りの少女」があります。
内容はご察し。
人が人の声で歌うわけがありません。
DAS MÄDCHEN MIT DEN SCHWEFELHÖLZERN Helmut Lachenmann Deutsche Oper Berlin - YouTube
衝撃のエンディング~「ティンパニ協奏曲」
出落ちならぬ終わり落ちな一曲がこちら、カーゲル(1931-2008)が書いたティンパニ協奏曲。
協奏曲のラスト、ソリストがティンパニに頭を突っ込むという前代未聞の終わり方をします。
なおその楽譜がこちら。
シュールが度を超してる。
彼の作品はパフォーマンス的なものが多く、他に最後に指揮者が倒れるという謎曲もあります。
ぶっとび度★★★☆
グレード2まではまだ一般的な演奏会で出来る曲。
ここからはクラシック演奏会にあるまじき域に突入します。
the カオス~ピンポン協奏曲「Ricochet」
こちらはつい数年前初演された、アンディ・アキホ作曲の作品。
一部ネット界隈で意味わからなさすぎて現代音楽の闇と話題になっていましたが、僕は最高にクール作品だと思います。
今まで聴いた曲の中で1番理解に苦しんだのがこれ pic.twitter.com/xu122cx4Zx
— 小針 侑也 (@yuyakobari_pf) 2016年3月14日
オケの前になぜか卓球台。
そう、この作品はその名の通り卓球選手がソリスト。
他にヴァイオリンと打楽器のソリストがいます。
最初は普通に演奏していたものの(打楽器奏者がひたすら卓球台叩いてますが)、途中で卓球選手がラリーを始めたあたりからカオスに。
途中からラケットの代わりにハンドドラム(鈴なしタンバリン)やワイングラスでラリーしたり、大太鼓に向かってスマッシュしたりとやりたい放題。
その間も打楽器奏者は一心不乱に卓球台を叩き続けます。
そして盛り上がりがピークに達したところで音楽が突然止まり、
箱いっぱいのピンポン玉をぶちまける。
なかなかにぶっ飛んだ曲ですが、曲想はキャッチーでコンセプト重視な作品。
初心者にも聴きやすい(観やすい)と思いますので是非。
この程度で闇が深いなんてまだまだ。
俺たちの冒険はこれからだ!(出里先生の次回作にご期待ください)
全容はこちらから。
Andy Akiho 023 "Ricochet" (Ping Pong Concerto) Hsing, Landers, Zeltser, Cossin - YouTube
狂乱のメトロノーム~「ポエム・サンフォニック」
現代音楽の巨匠、リゲティ(1923-2006)。
一度演奏されたら2度と再演されないことも多い現代音楽界の中で、死後数年、数多くの作品が演奏会のレパートリーとして定着しているすごい人。
そんな彼の作品の中でも相当ぶっ飛んでるものの一つがこちら。
100台のメトロノームのための作品。
うーん、クレイジー…。(恍惚とした表情で)
それぞれテンポの違うメトロノームを同時に鳴らし、終わるまで聴く、ただそれだけ。
現代音楽界では超メジャー曲で、ウィキにも普通にあります。
ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための) - Wikipedia
いやー、これ実演で聴くと結構感動するんですよ、ほんとに。
様々な等間隔のパルスが、不規則にけたたましく鳴り響き、それが少しずつ静寂に落ちていく…。
一種のトランス状態というか、瞑想の世界に近い感覚になります。
全容はこちら。1分あたりから開始します。
始めるときの装置が気になって何回も見直してしまった。
ぶっとび度★★★★
ここからは人智の域をも超えてます。
説明不要のぶっ飛び四重奏~「ヘリコプターカルテット」
タイトルを見てまさかと思うでしょ?
残念ながらそのまさかです。
こちら演奏開始時の様子。
こちら演奏中。
みなまで言うな。
一応解説しておくと、先ほどのグルッペンと同じくシュトックハウゼンが書いた弦楽四重奏曲。
それぞれ一台ずつヘリに乗り込み、その中で各々が演奏。
ヘリはコンサートホールの周りを旋回し、音声と映像を中継でホールに届ける。
本当の意味でぶっ飛んでしまった作品ですね。
スケール感謎過ぎてピンポンがおままごとにみえるレベル。
~作曲経緯~
四重奏団「わいらのために弦楽四重奏曲書いてや。」
シュ「そんな伝統的な編成、伝統的な形式の曲なんぞ今更興味ないから嫌や。」
シュ「(睡眠中)ん、なんやこの夢、奏者がそれぞれヘリに乗って回っとる…変な夢…」
シュ「(…ガバッ!)これや!!」
こうしてとんでもない予算の曲が生まれてしまいました。
Helikopter-Streichquartett (Helicopter Quartet) - Karlheinz Stockhausen
最初の方はクラシックの演奏会にあるまじき風景。
7分あたりからそれぞれ数字をカウントダウンするの、むっちゃ楽しそう。
この演奏後の晴れやかな表情。
そして動画のラストショットはスタッフ。
なに手振っとんねん。
なおWikipediaの演奏時間の項がまたシュール。
離陸から着陸まで30分程度。
孤高の指揮者ソロ~「ノスタルジー」
せっかくこのサイトはね、指揮者のブログということでね(今更)、シメはこの曲でいきたいと思います。
…指揮者。オーケストラの中で唯一自身が音を出さない音楽家。
古今東西色んなソロ楽器のための曲がありますが、
指揮者だけのための曲だけはな…あったー!!
衝撃の指揮者ソロ曲。
その名もシュネーベル作曲の「ノスタルジー」。
舞台にあるのは7台の譜面台のみ。
指揮者はその前を行き来し、それぞれの楽譜の指示にしたがってパフォーマンスをします。
百聞は一見に如かず。
貴重な指揮者ソロ曲をどうぞご堪能ください。
一生に一度でもやりたくない。
なんなんですかね、この極上にシュールな13分間は。
楽譜はこんな感じだそう。
楽譜というよりグラフィックデザインですね。
詳細を知りたい方は以下の引用をどうぞ。
《ノスタルジー》のスコアは、(略)一切の音符の記譜がない。
その代わり手の動きや形を示す図、テンポ、足取り、身体の動きなどが提案として記されており、指揮者はそれを手がかりに、全身で空想の音楽を編み出してゆくのである。
さらにスコアで特徴的なのが、イタリア語による大量の楽想の指示である。
それらは「leggiero軽く」「agitato激する」「amabile甘美に」など伝統的に用いられているものがほとんどであるが、なかには「ondeggiante con abbandobo感情の赴くままに揺れて」「zoppo e desolate不安で苦悩にひしがれた」など、より具体的な心理状態を表した指示もある。
したがって、ここから年とも情感に満ちた音楽が作られるのではないかと予想されるが、一方でそこから読み取れるのは、音楽が感情の表現によって成り立つというシュネーベルの意図であろう。」
http://blog.livedoor.jp/poplar_green/archives/51598740.htmlより引用
奥が深いのかどうかもよくわからん…。
総括~現代音楽を楽しむヒント
皆さん、最後までついてこれましたか?
クレイジーでカオスな現代音楽の数々、なかなか面白くないですか?
僕が感覚マヒしてるだけ?
他にもまだまだ紹介したいぶっとび曲はたくさんありますが、今日はこのあたりで。
最後に、現代音楽を楽しむ秘訣をお教えします。
それは…
聴くな、考えるな、感じろ。
本日の格言きた。(自画自賛)
音を聴くという発想から、パフォーマンスを楽しむ、という発想に切り替えると案外楽しめますよ。
あとはその作曲家のコンセプト、センスを面白いと思うかどうか。
かたくなに考えず、自分のフィーリングを信じて、それぞれの作品のセンスとバトルしてみてください。
なんせ相手はヘリコプターまで使ってきますから。