こんだくたァ!

ベルリンにて武者修行中の指揮者。タクトと共に人生絶賛棒振り中。音楽や留学、海外情報、日々の生活など、鉛筆からロケットまで。

超絶ロリコン、クラシック界の異端児ヤナーチェクの魅力に迫る【作曲家】

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ヤナーチェク、と聞いてピンとくる方はどれほどいるでしょうか。

クラシックにある程度詳しい方でも、あまり聴いたことがないという人はたくさんいるでしょうし、

好きな作曲家は?と聞かれてヤナーチェクと答える人は見たことがありません。

音大生でもヤナーチェクを語れる人はそういませんし、ましてや演奏したことあるって学生はほとんどいません。

 

かくいう僕も、シンフォニエッタとタラス・ブーリバ、イェヌーファとカーチャ・カバノヴァーしか聴いたことがありませんでした。

知らない人からしたらただの呪文ですね。

 

しかし彼の音楽は超個性的!彼の作品でしか味わえない強烈な魅力に溢れています。

一度ハマるとくせになること間違いなし。

今回はクラシック界の異端児の魅力に迫ります。

 

※ベルリンフィルの「利口な女狐の物語」公演記事の一部として執筆していましたが、あまりに内容が膨らみすぎたので別記事にしました。

 

 

www.conductor-berlin.com

 

 

ヤナーチェクまるわかり!

 1Q84に登場したあの曲の人

チェコを代表する作曲家、レオシュ・ヤナーチェク。

1854年チェコのモラヴィア生まれ、1928年没。

代表作は「シンフォニエッタ」歌劇「イェヌーファ」など。

シンフォニエッタは村上春樹氏の「1Q84 」に登場し、一時ちょっとした注目を集めましたよね。

 

 

 

※事情によりしばらく動画は削除します。

 

超絶ロリコン ヤナーチェク

 こう書くと幻想魔神ハチャトゥリアンを思い出す。

 

そしてその翌年、彼の人生を大きく変える出来事が起こります。

それはとある女性とのフォーリンラブ

お相手はは2児の子どもを持つ人妻カミラ、25歳。

ヤナーチェク御年63歳。その差38歳

 

…正気?

 

…まあ、あの、加藤茶さんの例もあるしね…。

 

恋に恋するヤナーチェク、彼女のおかげで創作意欲も燃え上がり、

「シンフォニエッタ」、歌劇「カーチャ・カバノヴァ」、そして本作「利口な女狐」と、

この年齢にして、後の代表作を次々と作曲していくのでした。

加藤茶もがんばれ。

 

愛燃え上がるヤナーチェク、死因もなんと、カミラの息子が迷子になったと思い込み、森の中へ探しに行き、肺炎をこじらせたことが原因だとか。

頼むよおじいちゃん…。

 

ヤナーチェクの音楽  徹底解説

Janacek statue


ヤナーチェクといえばチェコ国民楽派を代表する作曲家。

 

国民楽派とは、19世紀中頃から20世紀にかけて、従来クラシック音楽の主流でなかった国々で流行した、自国の民族色を音楽に盛り込もうぜ!という人たちのこと。

そうすることによって、西欧列強に自国のアイデンティティをアピールしようとしたのです。

ご当地ラーメンみたいな発想ですかね。(なんか違う)

チェコ国民楽派の場合、チェコの民族音楽、民族的要素を作曲に活かそうとしたわけですね。

 

同じチェコ国民楽派と呼ばれる作曲家は、スメタナ(モウダウで有名ですね)やドヴォルザーク(新世界よりの2楽章はあの下校のときの音楽)が有名です。

 しかし同じチェコでも、彼らはボヘミア地方の作曲家。

一方ヤナーチェクはモラヴィア地方の作曲家です。

 

特徴その1:モラヴィアの民族音楽

チェコは元々二つの国から成り立っていました。

西のボヘミア(首都プラハ)と、東のモラヴィア(首都ブルノ)。

文化圏として、この二つの地域は全く異なるものでした。

日本でいう関東と関西みたいなもの

 

この文化の違いは、民族音楽にも当てはまります。

ボヘミアの音楽は西洋風、拍子が規則正しく、舞踏的な要素が強いのに対して、

モラヴィアの音楽は東洋風、不規則で自由な旋律で、歌謡的、農民的要素が強いようです。

モラヴィア民謡は五音階が使われており(「さくら」の音階)、我々日本人にも馴染みやすいでしょう。

 

ヤナーチェクはこのモラヴィア地方の民族的要素を、作品に盛り込んだのです。

この手法は、ヤナーチェクの評価を長年「モラヴィアのローカル作曲家」に押しとどめていた原因でもありました。

やしきたかじんみたいな感じかな。(だいぶ違う)

 

特徴その2:民謡ベースの作曲

 またそもそもの作曲スタンスから、他の国民楽派の作曲家とは立場を異にしていたヤナーチェク。

 

従来の国民楽派の多くは、西洋音楽の枠組み(和声や構成など)の上に、民謡などの自国の民族的要素を融合させて曲を作りました。

スメタナやドヴォルザークも、もちろんこっち。(例外はムソルグスキーとか?)

それに対し、ヤナーチェクは「民謡こそ音楽の源泉」であるとし、そこから作曲を始めました。

 

彼の作曲手順は、最初から横に旋律らしき流れをひたすら書き連ねていくものだったそうです。

ソナタ形式?和声理論?なにそれおいしいの?状態。

同じモチーフを執拗に反復し、それが変容、発展していく。

彼の作品の展開は、植物の成長に例えられます。

 

構成や発展のさせ方にいたるまで、民謡を原点に書かれた彼の音楽はきわめて個性的なんです。

従来の国民楽派がご当地ラーメンなら、ヤナーチェクはさしずめきりたんぽですね。(意味不明)


kiritanpo-nabe

 

 

その徹底した姿勢は、発話旋律という彼独自の作曲テクニックによくあらわれています。

 

特徴その3:発話旋律

謎の四字熟語登場。

別に難しい話ではないですよー。

 

ヤナーチェクは旋律を作るとき、モラヴィアの話し言葉(方言)のイントネーションを元にしたんです。

例えば、なんでやねんという言葉のイントネーションは(言葉のチョイス)

→  ↑↘   →↘

なん でや ねん

このイントネーションを参考に作った旋律が、発話旋律。

 

Shinsekai, Osaka

 

彼はモラヴィア民謡が話し言葉から生まれたと考え、その言葉の抑揚こそが人間の心の動きをあらわしていると考えました。

その抑揚を音楽にすることによって、真に人の心理を描き出し、ドラマティックな表現が可能になると。

確かにそうですよね。嬉しいときは抑揚が激しいし、悲しいときはその逆…。

なんだか意識しだすと話せなくなってきました。

 

彼はこのために、蓄音機を片手に、モラヴィア中の民謡や会話を片っ端から録音し、楽譜に起こしました。

なんとその対象は死の床にあった自分の娘の最期の言葉まで…

かなりマッドな雰囲気が漂いますが、ヤナーチェクにとって、生きた言葉を音楽にすることこそが、彼なりの生命へのリスペクトだったんでしょうね。

 

まあ、ここで勘の良い方ならもうお気づきでしょう。

 

それ、チェコ語知らないとわからなくね?

 

ヤナーチェクが60を過ぎるまで世界で評価されなかった理由がわかりますね。

よりによって、超マイナー言語…。

 

特徴その4:個性的なオーケストレーション

その民族色の強い作風は、オーケストレーションにもよく反映されています。

ティンパニ率いる低音楽器群による執拗なモチーフの反復

金管楽器の多用。

かなり粗野で力強く、生命力が溢れています。

また3度や6度での平行和音の多用も特徴的。

(カラオケでときどき友人がハモってくるあれ)

 

特に面白いのはシロフォンの使い方です。

おしゃべりな場面ではあの甲高い音を作り、コミカルな場面ではおどけた音色、

また緊迫感のある場面では、同音連打で緊張の糸を可視化(耳だから可聴化?)させます。

彼ほどシロフォンを上手く使った作曲家はそうそういません。

 

 

オペラ作曲家ヤナーチェク

9.8.17 1 Hukvaldy and Leos Janacek 001

上述の「スタンス」「発話旋律」のアイディアが生きるのは、紛れもなくオペラの分野です。

彼は言葉の抑揚にフォーカスすることにより、音楽によって登場人物の心理を深層まで炙り出そうとしました。

彼のオペラは実にヒューマニスティック。

 

しかし超マイナー言語のチェコ語によるオペラ。

存命中、チェコ国外での演奏機会はドイツでたまに「イェヌーファ」「カーチャ・カバノヴァー」がされたくらい。

チェコ国内ですら長年「二流の田舎者作曲家」のレッテルを貼られ、プラハで10年以上「イェヌーファ」の上演を拒まれてきたヤナーチェクですから、そらなかなか流行らないです。

 

そんなヤナーチェクを彼の死後世界に広めたのが、オーストラリア出身の指揮者マッケラス

彼はなんとチェコへ留学、チェコ語をマスター。

チェコ人しか演奏は困難だと言われていたヤナーチェクのオペラを、世界中で取り上げ、録音を残しました。

彼のおかげで今日われわれはヤナーチェクの作品を知ることが出来たといっても過言ではありません。

 

代表曲

管弦楽曲

なんといってもシンフォニエッタ(1926)が有名。

シンフォニエッタとは、本来「小交響曲」という意味ですが、特に交響曲らしさはありません。

大好きなカミラと観た吹奏楽コンサートから着想を得たそうです。

元々軍楽を意識して書かれたこともあり、管楽器が大活躍!

金管による勇壮なファンファーレの反復から始まり、この主題が全曲を通して成長していく様は、大河ロマン。

ヤナーチェク節炸裂の一曲です。

 

狂詩曲「タラス・ブーリバ」(1918)はゴーゴリの小説を音楽化した作品。

わかりやすく、純粋にカッコいい。

これもアフター・カミラですね。

 

 

チェコの巨匠クーベリックによる、決定盤といわれる録音。 

 

 またチェコ語で書かれた(!)ミサ曲も。むちゃかっこいい。


Janáček: Glagolitic Mass / Rattle · Rundfunkchor Berlin · Berliner Philharmoniker

 

オペラ

世界中で一番演奏されるのは「イェヌーファ」

まわりの目を気にして、養女が産んだ私生児をこっそり殺してしまう母親の話。

こう見るだけで、ヤナーチェクの良さが活きそうな題材ですね。

旋律の美しさもさることながら、人間ドラマを音で描き出す様は圧巻。

 

次いで「カーチャ・カバノヴァー」(1921)

こちらは嫁姑問題が題材、他人事とは思えない…。

義母の抑圧に苦しむカーチャ。夫はマザコンの役立たず。カーチャは他の男に憧れてしまい…。

旋律美より、発話旋律によるドラマ性をより追及した作品。

 

そして次回紹介するであろう「利口な女狐の物語」(1924)

タイトルからしてメルヘンチックですが、内容は壮大です。

動物たちや森のまわりに住む人々を通して、生と死を繰り返す生命のサイクル、自然への感動を描きます。

 

他にも晩年の「マクロプロス事件」「死の家から」の2作もときどき上演されます。

 

これらのオペラ作品は全てヤナーチェク自身が台本を書いています。

題材の選択といい、彼の演劇的センスは素晴らしいですね。

 

おすすめ音源

ぼくも最近気づいたのですが、先ほど挙げたマッケラスとウィーンフィルによるヤナーチェクの作品集が

全部まとめて格安BOXセットで売られていました…。

 

・イェヌーファ ・利口な女狐の物語

・死者の家から ・マクロプロス事件

・カーチャ・カバノヴァー

加えて

・シンフォニエッタ ・タラス・ブーリバ

 CD 9枚組。

普通に買ったらそれぞれ1枚2000~4000円くらいしますからね。

コスパ良すぎる。日本にいたら絶対買ってた。

恐ろしい時代…。

 

 チェコ語わからん!オペラ全部は長い!という方は、管弦楽曲組曲版もあります。

こちらはオペラのダイジェスト演奏を聴くようで楽しめます。

 

第1集は「イェヌーファ」組曲と「ブロウチェク氏の旅」組曲。

第2、3集はそれぞれカーチャとマクロプロス事件、利口な女狐と死の家からの組曲。

リンクは第1集。僕も聴きましたが楽しめました。

 

ヤナーチェクの魅力

たっぷり5000字語ってしまいました…。

そら演奏会レビューに収まらんわ。

 

モラヴィアの民謡、言葉から出発した独自のスタイル。

その音楽は、アフリカ民芸から個性的に作風を開いていったピカソの作品と重なります。

また同じ音型を執拗に反復させ、大きい流れでカタルシスに持っていく手法は、どこかブルックナーを彷彿とさせるものがあります。

 

決して「わかりやすい」曲を書く作曲家ではないですが、その生命力溢れるダイナミズム、人間の心の深層を描き出すヒューマニズムは、彼の作品でしか味わえません。

この機に、少しでもヤナーチェクに興味を持ってもらえればと思います。

ただのロリコンおじいちゃんではないですよ。 

 

演奏会の話はまた後日。