クラシック音楽=西洋の伝統音楽。
日本人には関係ない…と思いきや、実は日本文化の影響を受けた曲がたくさんあるのはご存知ですか?
今回は日本由来の作品を紹介していきます!
有名曲からあの作曲家の意外な作品まで。
皆さんの大和魂はどこまで反応するでしょうか?
- 1.全てはここから始まった~交響詩「海」C.ドビュッシー
- 2.もう一つの富嶽百景~組曲「鏡」より 海原の小舟 M.ラヴェル
- 3.クラシック界で最も有名な日本人~歌劇「蝶々夫人」G.プッチーニ
- 4.ジャポニスムオペラの先駆け~歌劇「イリス」P.マスカーニ
- 5.カオスな日本観~オペレッタ「ミカド」A.サリヴァン
- 6.あの人も書いていた日本の曲~「日本組曲」G.ホルスト
- 7.名曲に潜む日本の影~「ピアノ協奏曲第3番」S.プロコフィエフ
- 8.衝撃の問題作「4分33秒」J.ケージ
- 9.「7つの俳諧ー日本の素描」O.メシアン
- まとめ
1.全てはここから始まった~交響詩「海」C.ドビュッシー
19世紀後半、絵画の世界では浮世絵を始めとした日本趣味=ジャポニスムが一世を風靡しました。
マネ、モネ、ルノワールら印象派の面々や、ゴッホ、ゴーギャン、クリムトまで…。
美術の分野から派生したその波は、音楽界にまで影響をもたらしました。
最も早くジャポニスムを音楽に取り入れたのは、フランスの印象派を代表する作曲家、ドビュッシー。
絵画の印象派の面々と交流の深かった彼なら、うなずけますね。
その中でも代表作、交響詩「海」(1905)は葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」からインスピレーションを得たと言われています。
富嶽三十六景 神奈川沖浪裏
この曲の初版スコアにも、この浮世絵が使用されています。
実際彼は日本美術にかなり関心があったようで、サロンには仏像、書斎には浮世絵が飾られ、日本製の小物も多く集めていたらしいです。
彼の音楽には五音階や東洋的な不規則リズムが使われ、その音楽観には、大げさに語らずとも思いを伝えようとする静の美がにじみ出ています。
これはまさに日本的な感覚とマッチするのではないでしょうか。
Claude Debussy: La Mer (Lucerne Festival Orchestra, Claudio Abbado)
時間のない方は、15:18から始まる3楽章だけでも、そのジャポニスムを味わえます。
2.もう一つの富嶽百景~組曲「鏡」より 海原の小舟 M.ラヴェル
同じくジャポニスムに大きな影響を受けた作曲家が一人、ドビュッシーと並びフランス印象派を代表する作曲家、モーリス・ラヴェル。
こちらの記事に、その数奇な人生が少し紹介されています。
そのラヴェルが、ドビュッシーと同じ「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」からインスピレーションを受けて書いたのがこちら。
組曲「鏡」(1905)はピアノ曲に知識のある人なら誰もが知っている名曲。
中でも「道化師の朝の歌」は有名で、演奏機会も多いです。
「海原の小舟」、インスピレーション元はドビュッシーと同じですが、ラヴェルはその波に翻弄される三艘の小舟に着目しました。
なんだか絵に比べて音楽が優雅すぎる気もしますが。
ドビュッシーとラヴェルの描き分けを聴き比べるのも面白いかもしれません。
3.クラシック界で最も有名な日本人~歌劇「蝶々夫人」G.プッチーニ
言わずと知れた名曲、オペラ界の巨匠プッチーニの代表作「蝶々夫人」(1904)。
長崎を舞台に、没落藩士令嬢の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの愛の悲劇が描かれています。
特に蝶々さんのアリア「ある晴れた日に」は有名で、フィギュアスケートで浅田真央選手の使用曲としても知られました。
Anna Netrebko - Un Bel Di Vedremo (Berlin, 2011) HD Quality
プッチーニは原作の戯曲を鑑賞し深く感動、日本の音楽や文化を相当研究し、本作の完成にこぎつけました。
五音階や東洋的和音、「君が代」や「さくらさくら」なども作中に引用されています。
ただやはり日本人の目で見るとヘンテコな部分もあり、
例えば蝶々さんの叔父で僧侶のボンゾ(たぶんボウズ)が、勝手にクリスチャンに改宗した蝶々さんに激怒し叫ぶ言葉。
「かーみ!さるんだすぃーこ!」
意味不明すぎる日本語、ヤングな女子高生もびっくりだわ。
恐らく神、猿田彦ということですが、そもそも坊主なら仏教徒やろが。
また侍女のスズキが仏壇前で唱える念仏は「おっとけ」。
…韓国語かな?
4.ジャポニスムオペラの先駆け~歌劇「イリス」P.マスカーニ
その蝶々夫人に先立てて発表され、プッチーニにも大きな影響を与えたジャポニスムオペラがあります。
それがこちら、マスカーニ作曲「イリス」(1898)。
マスカーニと言えば歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」のみが有名過ぎて、もはや一発屋扱いの作曲家。
中でも間奏曲は、その甘美な美しさに自然と涙があふれてくるような、素敵な曲です。
よく映画やドラマでも引用されていますよね。
(HD 1080p) Intermezzo from Cavalleria Rusticana, Pietro Mascagni
マスカーニはイリスの作曲にあたって、日本の音楽を研究したものの、それらを直接的に引用することはしませんでした。
現実の日本ではなく、幻想の国二ホンを舞台としてこのオペラを完成させたのでした。
イリスより太陽の賛歌
Pietro Mascagni - Inno del Sole [HD]
オペラ冒頭に演奏されるこの太陽の賛歌も、日本的情緒はないものの、大変美しく感動的。
なお筋書きはお察しのとおり。
舞台は江戸末期の日本。
盲目の父と暮らしていたイリスは、大阪と京都の策略により、手下の芸者に誘拐され吉原に売り飛ばされる。
娘に捨てられたと思った父は、イリスの顔に泥を投げつけ、絶望したイリスは井戸に身を投げる。
半死のイリスの体は太陽の光を受け、天国へと昇天していく。
…うん、言いたいことはわかったから、ブラウザは閉じないで。
5.カオスな日本観~オペレッタ「ミカド」A.サリヴァン
そんな蝶々夫人もイリスも真っ青な、トンデモ日本を描いた舞台作品があります。
それがこちら、1860年代からのイギリスでの日本ブームに便乗して作曲されたオペレッタ「ミカド」(1885)。
当時のイギリスへの風刺を、遠い未知の国での出来事ということにしてオブラートに包んだそう。
明治維新直後頃の日本って、ヨーロッパ諸国からしたらそういうイメージなんですよね。
ブームに乗った本作は、イギリスを始めとして全世界で大ヒットしました。
舞台は日本の首都ティティプー…どこ?もしかして秩父?
誰も逆らえない日本の支配者ミカド、年増でブサイクな許嫁との結婚が嫌で旅芸人の振りをしている皇太子ナンキ・プー、
死刑執行大臣のココとその婚約者で美しい娘、ヤムヤムらが繰り広げるドタバタコメディ。
ココとヤムヤムは「いちゃつき罪」で死刑を宣告されてしまうが、代わりの者を死刑にすれば助かるという法律なので、ヤムヤムに惚れたナンキ・プーを代役にしようとするが…。
…だからどこ?
6.あの人も書いていた日本の曲~「日本組曲」G.ホルスト
ホルストといえば、あの組曲「惑星」の作曲者。
中でも木星は平原綾香さんのカヴァーも有名で、知らぬ者はいない名曲。
大植さんの変顔光る演奏
そんなホルスト、実は日本を題材にした曲を書いていました。
その名も日本組曲。まんまやん。
日本人舞踊家伊藤道郎の委嘱で1915年に書かれた、バレエ音楽。
あの惑星と並行して作曲されました。
・前奏曲ー漁師の歌 ・儀式の踊り ・操り人形の踊り
・間奏曲ー漁師の歌 ・桜の木の下での踊り ・終曲ー狼たちの踊り
以上6曲からなり、全編に日本の民謡が使用されています。
例えば5曲目の桜の木の下での踊りは、「ねん~ね~ころ~り~よ~」の子守歌だったり、
まさに純和風テイストな作品です。
ホルストは惑星のスペクタクルなイメージが強いですが、本来は合唱曲や吹奏楽を得意としており、
また東洋思想にもハマっていたので、この題材に興味を示したのも不思議ではありません。
7.名曲に潜む日本の影~「ピアノ協奏曲第3番」S.プロコフィエフ
数あるピアノ協奏曲の中でも珠玉の名曲、僕の最も好きなピアノ協奏曲の一つです。
そんなこの協奏曲、実は日本とゆかりがあるというのはご存知ですか?
Martha Argerich - Prokofiev - Piano Concerto No 3 - Previn
9分12秒から2楽章 18分25秒あたりから3楽章
プロコフィエフは1918年、27歳のときソ連からアメリカへ亡命。
その途中、日本に3か月ほど滞在し、東京や軽井沢、京都に奈良と各地を観光しました。
この奈良滞在中に寺や奈良公園などを散策。
その際構想を練った「白鍵四重奏曲」(未完)が、ピアノ協奏曲第3番第3楽章(1921完成)の原型となっています。
一部では「越後獅子」の引用ではないかとの説もあるようですが、実際は中央アジアの民謡が由来のようです。
いずれにせよその美しい楽想は奈良公園で生まれたのです。
鹿に感謝。
8.衝撃の問題作「4分33秒」J.ケージ
もはや問題作過ぎてトリビアの泉などにも取り上げられ、逆に有名になってしまったこの曲。
ご存じでない方は以下の演奏をどうぞ。
1分あたりから演奏開始。
4'33" John Cage(Orchestra with Soloist, K2Orch, Live) / 4分33秒 ジョン・ケージ けつおけ!
あれ、おかしいなと思って早送りしたあなた。
残念ですが何も起こりません。
この曲は演奏時間も編成も自由。
ただ何も音を出さずにいるだけ。
これが音楽?と思った方も多くいるでしょう。
初演時、同じように思った人々が大騒ぎし大スキャンダルになりました。
アメリカ人作曲家ケージは、演奏の度、その偶然的要素で全く違う音楽になる「偶然性の音楽」というものを作曲しました。
その最たる例がこの作品。
演奏が始まると聴こえてくるのは空調の音、ホール外の雑音、会場のざわめき、そわそわしだす奏者の衣擦れの音…。
その場限りでしか生まれないその”音”を聴く、というのがこの曲のコンセプトであり、
同時に「音楽とはなにか=何を音楽としてとらえるか」という根源的な問いを我々に与えてくれます。
このケージの思想の元となったのが禅。
コロンビア大学時代、2年間鈴木大拙の元で禅を学んだ経験が、彼の作曲スタンスに大きな影響を与えました。
「あるがままの結果を受け入れる」という禅の思想は
「作曲家が音=結果を徹底的にコントロールする」西洋音楽の根源へのアンチテーゼとなったのでした。
クラシックにこういう影響の仕方もあったとは…。
9.「7つの俳諧ー日本の素描」O.メシアン
最後に紹介するのが現代音楽の巨匠、メシアンが日本滞在時の印象を元に、1962年に作曲したこの曲。
1. Introduction/導入
2. Le parc de Nara et les lanternes de pierre /奈良公園と石燈籠
3. Yamanaka cadenza/山中~カデンツァ
4. Gagaku/雅楽
5. Miyajima et le torii dans le mer/宮島と海の中の鳥居
6. Les Oiseaux de Karuizawa/軽井沢の鳥たち
7. Coda/コーダ
なんとなく日本人に馴染みのありそうなテーマが並んでいますが、早速聴いてみましょう。
…メシアンさんの日本の印象って?
ちょっと体育館裏で小一時間くらい問い詰めたい気持ちは山々ですが、
こちらのブーレーズの言葉が、作品の本質をよく表していると思ったので引用しますね。
「彼は鳥の鳴き声、岩山、風景、色彩、山々といった自然からインスピレーションを受けたのではない」
「そうではなく、彼はそれらが語るものをそのまま音楽に移し換えたのだった。(…)
メシアンにとって音楽とは、そうした宇宙的な現象の一環であり(…),
作曲とは、そもそも<コンポジット>(組み合わせ)という言葉を内包する作業だった。
メシアンは自身の複雑な音楽思想の彼方に子供のような新鮮さとあらゆることに感動できる感性を持ち続けることに成功した。」
確かに雅楽は言わずもがな、全編で活躍する打楽器の音もどこか邦楽の精神を表しているようにも思いますね。
繰り返し聴いているうちに、石燈籠並ぶ奈良公園の神秘さや厳島神社の神々しさそのものが脳内に浮かぶ気が…。
…奈良公園こんなんだっけ?
まとめ
皆さんの中の日本の琴線に触れた曲はいくつありましたか?
我々日本人の文化・思想は、自分たちが思っている以上に、様々な角度から西洋音楽に影響を与えていたんですね。
海外の音楽家を通して描かれた日本を眺めるのも、また自分たちの文化理解への一助となるかもしれません。
どこが日本じゃふざけるなというクレームは受け付けておりませんのであしからず。
なお今世界で日本文化と言えば完全にアニメ。
いいのかニッポン。